卒業生の声 目次
「卒業生の声」について(平成22年5月)
須藤 阿佐子様 (須藤特許事務所所長・弁理士)
「弁理士として知的財産にかかわる現役の実務家であり続ける」(平成22年5月掲載)
佐々木 和枝様 (私立桜蔭学園理事長・校長)
「『不思議』を探究する力をいただいて」(平成22年5月掲載)
佐藤 明子様 (独立行政法人 科学技術振興機構 理科教育支援センター 主任アナリスト)
「過去の経験は将来のために」(平成22年5月掲載)
大内 まどか様 (私立鴎友学園女子中学高等学校教諭・広報部長)
「未来に希望を繋げる仕事〜教員のすすめ」(平成22年5月掲載)
佐藤 寛子様 (国立情報学研究所准教授)
「しなやかな筋力をつける大学」(平成22年5月掲載)
深草 亜子様 (特許庁審判部第22部門審判官)
「特許審査・審判業務について」(平成22年5月掲載)
※ 随時、追加掲載いたします。
「卒業生の声」について
化学科の卒業生は、卒業後すぐに就職する人もいますが、最近は更に大学院に進学する人が増えてきました。
学部卒業ないし大学院修了後の進路は中学校、高等学校の教員、大学教員等の教育関係、国立研究所や企業の研究所等での研究職、知的財産に関わる特許関係、化学論文の翻訳、サイエンスライターなど化学の知識を生かしたデスクワークなど様々です。
家庭と仕事を両立しながら、管理職として活躍されている方、会社勤めの後起業される方、いったん離職して子育て後に復職なさる方や、ボランティア活動で活躍なさっている先輩もいらっしゃいます。
一見化学と関係の無い仕事をされている卒業生も、本学で化学を学んだ事がそのバックボーンになっていると皆さん口をそろえておっしゃいます。
卒業生の生の声をお聞きになり、みなさまの今後の進路の指針としてください。
※ 様々な分野で活躍されている卒業生に化学科同窓会で講演して頂いた要旨も掲載しています。併せてご覧下さい。
http://www.chem.ocha.ac.jp/%7Eouca/
※また日本の女性化学者の先駆者として本学に故黒田チカ先生がいらっしゃいます。興味のある方はご覧下さい。
http://www.sci.ocha.ac.jp/women/women-4.html
http://www.chem.ocha.ac.jp/%7Eouca/top-01/kurodachika.pdf
須藤 阿佐子様(須藤特許事務所所長・弁理士)
「弁理士として知的財産にかかわる現役の実務家であり続ける」(平成22年5月掲載)
化学科卒で国家公務員の行政職に就くことは珍しい時代でしたが、卒業してすぐに特許庁に入庁しました。五名の女性審査官が働く男女参画を先取りした活気あふれる「高分子有機材料」に配属され、知的財産にかかわる実務家としてスタートをきりました。その後、十名を超えるお茶大卒業生が続いてくれたことを誇りに思っています。
審判官に昇進してから息子と娘に恵まれ、娘が六か月のとき当時の通産省で女性で初めての管理職に就きました。首席審判長を最後に特許庁を辞し、弁理士登録をして特許事務所を開業し今日に至っています。特許庁30年、弁理士18年、夫の協力を得ながら、女性の先駆者が拓いてくれた道をただひたすらに、各場面で適切な熱いエールを受けながら、振り返ると信じられないほどエキサイティングな48年を歩んできたと思っています。
特許権の侵害訴訟や審決取消訴訟の代理人を引き受けて、高松、京都、大阪、東京、福岡と依頼人と議論する充実した日々。弁理士になってからは一人弁理士で10年間、初めて経験することばかりで、ため息をつく暇もありませんでしたが、自由業がこんなに自由なのだと謳歌しました。一方では、弁理士という職業がいかにやりがいのある職業であるか、国内・国際出願、審判、訴訟、知財相談にかかわる案件を担当するたびに実感しています。数年前から、民間企業に就職していた息子が手伝ってくれることになり、一年間の試験勉強で弁理士試験に合格してくれて、事務所の継続性を視野に入れて、知的財産にかかわるコンサルタント業務中心から、特許、実用新案、意匠、商標の国内・国外出願なども増やしたいと思うようになりました。
今では三名の特許庁OBの弁理士に手伝ってもらって、私の後を引き継いでもらうべく教育を心がけています。弁理士という職業を通して知的で充実した時間を共有したいと願っています。最近の数年は郷里の大学で発明された「希少糖」を事業化するべく、三木町小蓑の廃校での希少糖研究研修センターの立ち上げに参加し、これまでに身につけたことを役立たせたいと奮闘中です。一つの商品を世に出すために産学官のチームワークがいかに大切かを感じながら目標達成に向けて過ごしています。近い将来、讃岐発の夢の糖が世に出た場合、一弁理士が縁の下の力持ちになって支えた執念の結実だと思ってください。
(須藤阿佐子様ご紹介)
昭和37年お茶の水女子大学理学部化学科卒業、同年特許庁入庁、審査官、審査長、部門長審判長、首席審判長を経て、平成4年に辞職、須藤特許事務所を開設し現在に至る。弁理士審査会委員、科学技術振興事業団事業評価委員会委員、工業所有権審議会委員、知的クラスター創成事業(高松バイオ希少糖クラスター)特許戦略アドバイザー、香川大学農学部客員教授などを歴任。
平成21年11月3日、秋の叙勲において瑞宝小綬章受章。
*弁理士とは、知的財産権およびこれに関するさまざまな権利の取得や権利をめぐる紛争等において、法律で定められた手続きをその権利者の立場にたって行う、知的財産の専門家です。ここでいう知的財産とは、特許権、実用新案権、意匠権、商標権という産業財産権および著作権の総称です。日本の産業の国際競争力を強化し経済を活性化していくためには、知的財産を戦略的に保護・活用していくことが重要であるとされ、その中心的役割の担い手として弁理士には大きな期待が寄せられています。
2009年の事務所忘年会の様子
佐々木 和枝様(私立桜蔭学園理事長・校長)
「『不思議』を探究する力をいただいて」(平成22年5月掲載)
私は、現在、桜蔭学園(私立中・高等学校)に勤務しております。本校は、お茶の水女子大学(当時は東京女子高等師範学校)の同窓会である「桜蔭会」の会員が、浄財を持ち寄って大正13年に設立してくださった学校で星霜86年、お茶大と深いご縁があります。現在でも、式典等には学長先生にご臨席を賜り、毎年桜蔭会の懇談会で学園の様子をご報告申し上げております。まだ女性に参政権もなく地位が低かった時代に、理想の女子教育を目指して立ち上げられた先輩の方々の熱き想い、後輩はそれを連綿と実践し今日に至っております。建学以来、「学びと礼」の心を大切にしてきた学園で、生徒は元気溌剌、勉学にスポーツに一所懸命取り組み、卒業生は社会の様々な分野で活躍しておられます。
私は、小さい頃から教師になるのが夢でした。幼・小・中・高と、素晴らしい先生方に巡り会い、徐々に夢を現実の進路選択へと繋げてまいりました。教員養成大学への進学も考えましたが、お茶の水女子大学理学部化学科に進学いたしました。お茶大は元々師範学校であったこと、教職コースを履修すれば資格を取得できること、そして桜蔭学園に在学していたこともあって、お茶大を志望しました。また、研究の面白さ、難しさ、その方法等を学ぶことによって、子どもたちに理科を学ぶことの面白さ、大切さを伝えられるのではないかと考えました。
大学の4年間は、化学を通して、まさに研究の醍醐味をみっちり学ばせていただきました。(そればかりでなく、サークル活動や友人との交流など、大学生活を楽しませていただきましたが・・・)何よりも少人数指導なので、今から考えると本当に贅沢に教えていただいたものと感謝しております。私どもの頃は、4年の秋から半年間が卒業研究期間でしたが、研究室には3〜4人の4年生で、先生方から熱心なご指導を直接戴くことができました。また、先生方と昼食をご一緒させていただき、化学研究のことばかりか、人生の先輩としていろいろご指導を戴きました。日常の何気ないことの全てが、教師になってからの大きな財産となっていることを実感しております。
私は、有機化学の研究室で、ロフィンという物質の光反応機構を研究しました。その卒業研究は、どんな研究者も手がけていない「不思議」を探究することに、今、自分が取り組んでいるのだというワクワク・ドキドキ感、地道に実験を繰り返しても、思うような結果が得られないときのもどかしさ、焦燥感、先生方の適切なアドバイスで見通しが立ったときの安堵感、研究発表会で成果を発表したときの達成感等々は、今でも忘れられません。 こうして、4年間を通して「不思議」を探究する力をいただき、埼玉県の市立中学校で理科教諭としてデビューいたしました。その後、ご縁があって、母校に戻り、附属中学校で35年間、「不思議」を探究する面白さを生徒たちに伝える仕事をさせていただき、同僚の先生方のみならず大学の先生方とも共に教育研究をさせていただいたり、大学の教育実習の一部を担当させていただいたりしました。そして、さらにご縁があって、これまた母校である桜蔭学園に勤務して今日に至っております。顧みて、中・高・大、そして社会に出てからも、お茶の水女子大学とご縁があり、「不思議」をつくづく感じております。 次代を担う若い人たちを教育する「教師」という仕事は、とても重要であると同時にやりがいのある楽しい仕事だと思います。「不思議」を探究する面白さ・楽しさを知り、人間としても魅力溢れた方が、どんどん教師を目指してくださることを願っています。
(佐々木和枝様ご紹介)
理学部化学科 昭和43年3月卒業
現在; 私立学校法人 桜蔭学園 理事長 桜蔭中・高等学校 校長
職歴; 昭和43年4月〜46年3月 埼玉県市立中学校 理科教諭
昭和46年4月〜平成12年3月 お茶の水女子大学附属中学校 理科教諭
平成12年4月〜18年3月 同校 副校長
平成21年4月〜 私立 桜蔭学園 理事長・校長
一男一女の母。
佐藤 明子様 (独立行政法人 科学技術振興機構 理科教育支援センター 主任アナリスト)
「過去の経験は将来のために」(平成22年5月掲載)
お茶の水女子大学理学部化学科を卒業、続いて、大学院修士課程を修了後、(社)化学情報協会に勤めました。二十余年、勤務しましたが、一番長く携わったのは、化学文献データベースの作成で、日本で発行された論文や特許の情報を、アメリカ化学会発行のChemical Abstractsデータベースに入力する仕事でした。今はSciFinderなどのオンラインサービスで瞬時に情報検索ができますが、私が勤め始めた頃は、毎週発行される冊子体のChemical Abstractsが研究者に必須のツールでした。世界中の科学者・研究者にとって、私達の作るデータベースはなくてはならないもの、このデータベースによって科学・技術が進歩するという自負がありました。在職期間中に、データベース中の日本の情報が欧米の情報並みの速報性、品質へと向上しました。私は情報分析部長でしたが、若い仲間の努力と工夫とチームワークのお蔭と感謝しています。
世紀の変わり目に、ふとしたきっかけから、科学教育の世界に転向しました。母校で学位(博士)を取得し、お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンターでの講師等を経て、現在(独)科学技術振興機構理科教育支援センターで、主任アナリストとして調査研究に携わっています。肩書きなどの全てを元の職場に置いての出発でしたが、前の仕事で身についたものが役立っていることを実感しています。世界の情報とユーザを相手にした経験を生かして、科学教育の仕事は教科書の国際比較から始めました。
大学で化学情報の授業を担当して若い学生さんと勉強する機会に恵まれたのも、高校生の課題研究の一助となるようにデータベースや要旨集のフォーマット作りに積極的に関わることができるのも、化学情報の仕事が生きているからだと思っています。また、かつて仕事で知り合った海外の友人が、今の仕事を応援してくれるのも嬉しいことです。そして、科学教育の世界は教育学を含む様々な分野の人の集まりですが、その中で、化学を専門としていることが私の拠りどころになっています。
ところで、仕事では自分がいなければ誰かが代わりをやりますが、家族にとっては自分の代わりはいないと思い、家族のことは大事にしています。そして、仕事に励んでこられたのは家族の応援のお蔭と思っています。
情報の世界には技術的な国境がありません。グローバル化が進み、教育の中心である子ども達は、将来、ある意味で国境のない世界に生きていくということを、科学教育に携わる者として、強く意識しています。
これからも、子ども達が自然のしくみを理解して次の時代を担っていけるよう、少しずつでもできることをやっていきたいと思っています。
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お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター講師在職中、生物学科の室伏きみ子教授(元副学長)のプロジェクトの一員として、8カ国の12大学を訪問し、大学が初等・中等教育にどのように貢献しているかを調査しました。写真はシンガポール国立大学ラッフルズ博物館、コペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所を訪問した時のものです。
大内 まどか様(私立鴎友学園女子中学高等学校教諭・広報部長)
「未来に希望を繋げる仕事〜教員のすすめ」(平成22年5月掲載)
私は現在、東京にある私立の女子校で理科に携わっています。しかし、大学入学当初から将来の職業として教員を考えていたわけではありませんでした。
理科教員を目指そうと考えたのは、大学4年生のときに所属した研究室の指導教授の影響です。当時は、子どもたちの「理科離れ」が深刻化し、理科実験を指導できない教員や、学習指導要領における理科の授業数削減など、日本の理科教育の貧困さが浮き彫りになりつつある時代でした。しかし、時代はバブル経済の真っただ中でしたので、優秀な学生は文系も理系も皆企業に流れ、教員の層がどんどん薄くなることが危惧されていました。私の指導教官であった先生は、この状況に危機感を持ち、先陣に立って発言していらっしゃいました。研究室で先生から伺った、理科教育にかける熱い思いと危機感が、私の人生を決めたと言っても過言ではないと思います。
もう一つのきっかけは、お茶の水女子高等学校での教育実習でした。教育実習での指導教官は、同じ化学科の先輩でした。先生の指導は的確でかつ温かく、学生の個性と指導力を十分に引き出してくださるものでした。教員として尊敬できる方が同じ学科の先輩だったこと、そしてその指導に感銘を受けたことも、私が教員を志した理由の1つとなっています。
現在私が勤務している私立鴎友学園女子中学高等学校は、創立以来理科教育にとても力を入れている学校です。中学では実験中心のカリキュラムが組まれており、また高校では発展的な探求活動も行っています。そのため、教員には幅広い知識と様々な実験の指導力が求められます。私は大学時代理論化学を専攻していたため、学生実験は3年生までしか行っておらず、実験がそれほど得意な学生ではありませんでした。しかし、はじめて教師として鴎友の教壇に立ったときも、実験の指導で困ることはありませんでした。おそらく、お茶大の化学科が20人という少人数であり、実験実習では先生方が学生一人ひとりをきめ細かく指導してくださったので、知らず知らずのうちに実力がついたのだと思います。
理科教員になってから、お茶大で学んでよかったと特に思えるのは、女子だけの環境で化学や物理の専門教育を受けることができたということです。私は学校の広報を担当していますので、公立・私立を問わずいろいろな学校の先生方や、様々な業種の方々とお話しする機会があります。その中で強く危機感を感じるのは、「女子は理数、特に物理が苦手」という、もはや神話のような偏見が、相変わらずまことしやかに語られている事実です。もちろん、共学の学校にも、実力を十分に発揮している優秀な女性は数多くいますし、指導力のある先生方も沢山いらっしゃいます。しかし、「これは女子には難しいのではないか?」という先入観の下で、女子生徒、女子学生が自分の進路選択に自ら制限をかけてしまうケースも現実には存在します。私の場合、高校までずっと公立の共学校で過ごしましたので、大学で女子教育に出会えた経験はとても大きかったと思いますし、現在私が女子校での理科教育にこだわり続けているのも、お茶大で受けた教育が根幹にあるからだと思います。
教員にはいろいろな仕事があります。私は広報部長という立場ですので、学校の広報が仕事の多くを占めています。しかし、それ以外にも化学の授業を担当し、高3の授業担当者として理系の進路指導もしていますし、クラス担任や部活動の顧問もしています。教員は、授業さえしっかりできればよいというわけではありません。自分の学校を知り、他の先生方の仕事を知り、互いの意見を交換し合い、自身も研修を積んで、よりよい教育を目指すことが求められています。そして、学校の広報というのは、そういった先生方の努力や、生徒たちのがんばりにスポットライトをあてて、学校の良さを受験生やその保護者に知っていただく仕事です。忙しさはありますが、自分たちの仕事が直接学校の発展に貢献できるという、充実感の持てる仕事でもあります。
今、新聞やニュースなどでは、学校現場の大変な部分にばかり目を向けた報道が目立ちます。しかし、多くの教員は、決して後ろ向きの気持ちで働いているわけではありません。特に中高の教員は、人間の原点となる思春期に関わり、将来様々な分野で活躍する人材を育てる、つまり未来に希望を繋げる仕事をしています。これから社会に巣立っていく意欲のある若い人たちにも、ぜひ教職を将来の職業の選択肢の1つとして考えてほしいと願っています。
(大内まどか様ご紹介)
S63年3月 卒業
H3年3月 修士課程修了
H3年4月 鴎友学園女子中学高等学校 非常勤講師
H4年4月 鴎友学園女子中学高等学校 専任教諭
現在は、鴎友学園女子中学高等学校 広報部長
一男一女の母、趣味は愛犬(ジャック・ラッセル・テリア)の散歩とドラム
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佐藤 寛子様(国立情報学研究所 准教授)
「しなやかな筋力をつける大学」(平成22年5月掲載)
どんなスポーツにも共通する基礎体力づくりが必要であるように、社会で仕事し生活していくためにも基礎体力が必要です。そして、それぞれのスポーツの特徴に合わせた基礎の強化が必要であるように、専門的な仕事をするためにはそのための基礎の強化が必要です。大学とはこうした基礎体力と専門性に合わせた強化をする場所だといえるでしょう。つまり、将来何かをしたいと思ったときに、どうすればそれができるのかを考え、実施することのできる「筋力」を身につける期間と場所であるといい換えることもできるでしょう。この「筋力」説は、お茶大の恩師からのものです。卒業後も実感として心に残っています。
大学に在籍する期間は通常、学部が4年間、大学院は全課程で5年間です。人生の間の長さからすればごく短いこの期間だけで、人生のすべてが決まるのだと狭く考える必要はまったくないと思います。ただ、人生の可能性を広げる大切な時間であるとは言えると思います。
また大学は、高校卒業間もない若者だけのものではありません。筋力づくりは、人生のいつの時期にでも、つけようという気持ちさえあればいつでも始められるものです。大学も時代に合わせて変化を続けており、一旦卒業した後にでも、社会人コースなどの制度を利用して学位を取得するための門戸も広く開かれているなど、一昔前には考えられなかった柔軟な受け入れが実施されています。
もうひとつ、現代における女子大の存在意義は何でしょう?日本の女性の研究者の数は、最近韓国にも抜かれて先進国最下位になったそうです。他の国の例を見ても、何か人の意識を変えるための環境づくりを積極的にやらなければ現状は変わらないままでしょう。(たとえば、ヨーロッパのある国では、信号機のマークを女性に変えるなどの小さな努力をたくさん積み重ねて、国会議員の半数を女性とするまでの実績をあげたそうです。)このために必要なことを考え、議論し、実施することができる環境も女子大であればこそ可能なこともあるはずで,これを発信していくことも女子大の義務であるし,存在する意義であると思います. 大学でしなやかな知的筋力をつけて、人生の可能性をいっぱい、広げましょう。
(佐藤寛子様ご紹介)
2007-2008 スイス連邦工科大学(ETH)客員教授
2002-現在 国立情報学研究所 准教授
2002-現在 総合研究大学院大学 複合科学研究科情報学専攻 准教授
2000-現在 理化学研究所 客員研究員
深草 亜子様(特許庁審判部第22部門審判官)
「特許審査・審判業務について」(平成22年5月掲載)
私は学部4年生と修士課程の2年間、生物化学研究室(当時)に所属して小川温子先生にご指導いただきました。研究テーマは、植物由来糖タンパク質の糖鎖構造解析でした。修士1年の夏に国家公務員T種試験に化学区分(当時)で合格し、修士課程終了後、経済産業省の外局である特許庁に入庁し、現在まで勤務を続けています。
産業財産権制度(特許、実用新案、意匠、商標制度の総称)は、発明等の知的創造の成果を保護・活用し、産業の発展に寄与することを目的とするものです。特許庁は、総務部、審査部、審判部等から組織され、(1)特許権等の適切な付与、(2)産業財産権施策の企画立案、(3)国際協力・交渉、(4)産業財産権制度の見直し、(5)産業財産権情報の拡充等、我が国産業の発展に向けた取り組みを積極的に進めています。出願については、審査部において厳正な審査を行って権利を付与し、審査結果に対する不服については、地方裁判所に代わって第一審としての機能を有する審判部が、民事訴訟法に準じた厳格な手続きで審理しています。 私は、入庁してバイオテクノロジー・食品を担当する審査室に配属され、4年間は審査官補として指導審査官と共に、その後は審査官として独立して審査を行ってきました。昨年から、2年間の予定で審判官として3人合議制の審理に携わっています。今後はまた審査官に戻り、その後審判官となるのが、技術系職員の一般的な職歴です。
審査業務は、基本的に、出願された発明内容を理解→特許公報・学術文献をサーチして先行技術を把握→法律に基づいて特許性の有無を判断し(出願前に同じ技術思想がなかったか、出願時の技術から同一分野の研究者が容易に考え出すことができたものではないか、発明の内容が適切に記載されているか等)、その理由を出願人に通知→特許権の付与又は拒絶を決定、と進みます。書類に基づいて判断するデスクワークで、実験を行うことはありません。出願内容と先行技術を理解する際には技術的素養が、それに基づいて特許性の判断を行う際には法律的素養が必要です。審査を担当する技術分野は広いので、研究室でのテーマが直接関連する出願を審査することは少ないですが、関連文献を読み、仮説を立て、実験をしてデータを集め解析し、これを繰り返して論文にまとめるという一連の経験をしていることが役に立っていると感じます。法律の知識は、学生時代にあまり縁がなくても、入庁後の研修で身につけることができます。開発された一つの技術が特許になるのかならないのかを決定するという責任は重大ですが、それだけにやりがいがあります。
特許庁では、審査官・審判官として任用されるために必要な研修の他、様々な法律研修、技術研修、語学研修、行政研修等が充実しており、スキルアップが可能です。私も、国内留学制度で、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科の修士課程に1年間在籍しました。社会人生活を経験してからの学生生活は、集中して研究や講義に取り組むことができ、貴重な経験となりました。
また、職場には女性職員も多く、産休・育休の取得も一般的です。私も2度の育休を取得し、周囲のご協力を得て、子育てしながら勤務を続けられています。 化学科を卒業した後の進路としては少数派ですが、様々な技術的知識を吸収し続けることができて、私生活との両立もできて、なかなかおもしろいところだと思っています。つたない紹介ではありますが、これをきっかけに興味をもっていただけましたら幸いです。
参考:特許庁ホームページ
国家公務員試験採用情報NAVI
(深草亜子様ご紹介)
H 5年3月 学部卒業
H 7年3月 修士課程修了
H 7年4月 特許庁入庁 現在に至る
以上
※ 随時、追加掲載いたします。
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